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ナーサリー ソング

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ナーサリーソング

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こちらのブログ、今日をもってひとまずお休みさせてもらうことにしました。

子供を育てていて気がついたことや、反省したことなど、
自己中心的な記録として書いてきましたが、
あまりに不定期更新が続いてしまいました。
もっと書きたいことは日々あふれているのですが、
今は手が足りません。
でも、それって幸せなことです。

放ったらかし状態のこのブログ、懲りずに毎日足を運んで下さった方々に、心から感謝しています。

このブログを通して、別ブログを通して交流のあった方と深いお話をさせてもらったり、
新しい素敵な出会いもありました。
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私のナーサリーソングはまだまだ永遠に続きます。
みなさんもお子さん達との毎日との歌、涙も笑いもある歌を、歌っていってくださいね。

またこのタイトルで、いつか再スタートするかもしれません。
その時はどうぞよろしくお願いします。

ありがとうございました。
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# by annebm2 | 2009-12-11 06:19 | notebook

Harmony

ここ最近、ウーが生まれてからやっと、必要な時にアンを冷静に叱れるようになった。

躾けを意識するようになったのは2歳を過ぎてから。
自分がされたら嫌だなと思うことを、他の人にもするべきではないということを、必要な時言葉を尽くして伝えてきた。
でも、子供がありのまま感情をぶつけてきたり、大人の回路では理解できないものを目の当たりしたり、また自分の気分や体調が優れない時などは、ついこちらも感情的になって怒ってしまっていた。
もちろんロボットではないのだから、大人だって感情に流されてしまうことも自然だし、それを子供が見ることは間違っていることではないと思う。

でも、本当に何かをおしえたい、伝えたいという時、どれだけ子供が泣きわめいていても、駄々をこねて手がつけれないほどでも、ぐっと堪えて冷静に向き合うことは大切だ。
その時はイコールの目線ではなくて、私達がおしえる、伝える側として凛と上に立って、言葉をきちんと選んで、子供の目をしっかりと見て話すべきだと思う。

目を反らすということは、口から出ている言葉も反れていく。
目力というのは本当で、ちゃんと相手を見て話すと、話していることがちゃんと伝わる。
目があちこちに動いて話しがちな大人は、実は上の空で、言葉に重みがなかったりする。
子供は大人が冷静になれば、素直だからちゃんと反応し、聴く耳を持つものだ。
でもそこで大人があやふやに言って躾けた振りだけをしたり、怒ることが叱ることだと勘違いしていたり、まして優位な力をつかってしまったら、子供は深く傷つくだけだ。身に染みない。
一人の母親としてそれができるようになるまで、私は3年もかかった。
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アンは夕ご飯の時、遊び食べをしがちなので、毎日口を酸っぱくして言っている。
あまり言いすぎるとストレスになるだろうし、ごはんの時なのだから、本当はあまり言いたくない。
けれど、ごはんを食べる際の最低のマナーや感謝の気持ちを無視するわけにはいかない。
この前は、度が過ぎた態度をとったので、びしっと叱った。
アンは 「ママが怒るの嫌だ〜」と言って泣き出したけれど、私は続けた。

「〜をしてはいけない。〜だから」という話からどんどん哲学的な話になっていってしまい、でも話している時私は真剣勝負だった。今伝えないとという思い、今ならアンに伝わるという思いで。
そういうタイミングがきっとあるのだ。子供と親だけではなく、誰と誰の関係でも同じように。

今だから伝えたいこと、伝わることというのがあって、そのタイミングを逃したり、フォーカスがずれてしまったら一生伝わらないこと。

全ては、ハーモニーなんだよ、ということを私はアンに伝えていた。

ハーモニーって、歌のことでしょう? とアンは言った。

そう、一人の人が歌って、それに合わせて他の人が歌う。それで素敵な音が醸し出されて、ハーモニーとなって、一つの歌になる。
それと同じ。ごはんだって、例えば一緒に食べるから美味しいものがあって、一つ一つ食べていたら、その絶妙なコンビネーションがわからない。(その日の夕ごはんのエビとベーコンのドリアを例にした 笑)
お花だって、赤い花が一つ野原に咲いていて綺麗だけど、後ろに緑の草があるから、合わさって美しい。
誰かとお話することだって、ハーモニーで成り立ってる。
なんでも、ハーモニーで本当は本来できているんだよ。

というようなことを、私はアンに話した。

アンはずっと私の目を見て、分かりたい、という顔をして、聴いていてくれた。

その日アンはちゃんと夕ご飯を食べ終わり、後で「アンもう絶対にしないから」
と言って、私のほっぺに何度もキスをしてくれた。

伝わった。

私とアンの貴重なハーモニーだった。
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# by annebm2 | 2009-10-01 04:21 | notebook

不思議な国の..

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アンの世界がある。

3歳過ぎてから、アンがはまった「ごっこ遊び」。
お人形やぬいぐるみを使って、時には何もなくても自分の指や足、架空でアンだけに見える登場人物(それは声だけだったりする)も出てくる。
私と Beも、毎日アンのごっこ遊びにそれぞれつき合う。お風呂の中でだって、それは続く。
私達とする時は、アンはどちらかといったら監督役にまわるのだけど、
アンが独りで遊んでいる時は、途切れなく、その世界の中にいる。
時々境界線が見えないみたいで、遊びの中の自分と、現実にいる自分が交差して、
私が何か尋ねても(現実のアンに)、とんちんかんな返事がかえってきたりする。
私達が遊べない時は、独りで本を読んだり、塗り絵をしたりすることもあるのだけど、
ここ最近は圧倒的に自分の世界の中で、ごっこ遊びをしている。
夏休みも終わり、またナーサリーも始まるので、できるだけ家で遊ぶ時はバランスよく色々なことをするように心がけているのだけど、アンの独り世界は止まらない。
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空想好きで、どんなことでも遊びや物語に変えてしまうアン。
大好きな映画、ディズニーの「不思議の国のアリス」をもう何十回とみているけれど、
本当にアンの世界にフィーリングがぴったりと合うお話なのだろうなと思う。
「アリスごっこ」というのもあって、よく私と遊ぶ。
その中でアンは「もう一人のアリス」として振る舞う。
独りでやっていることもあって、この前なんて、「時計をもったウサギが穴にはいり、アリス追いかける」場面のため、小さな台の下に必死になって入っていた。(架空の穴)

たまに私が、遊んでいるアンに何かを頼むと、
「ママ、今アリスしているの。忙しいの」
とびしっと言われる。

その不思議な国が、永遠にアンのハートの中で生きていますようにと、思ったりする。
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# by annebm2 | 2009-09-11 04:56 | daily life

空から下りてきたら

9月にはいると、ちょっと切ない気持ちになる。

夏のおわりということもある。
そして7日は今はなき母の誕生日。
生きていたら、今年で62歳になるはずだった母。
62。
孫もできて、仕事もラストスパートで、これからまた新たな章を綴るはずだったのに。
あまりにも若く逝ってしまった母は、ウーに会うことはなかった。

でも、母とウーは会ったことがあったのだ。

今から15年以上前に母がみた夢の中で。

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私がイギリスの大学へ進学したいと志したのは13歳の時。
中学1年生の時のこと。
それまで英語に興味を持ったことも、留学ということを口にしたことすらなかった。
そんな頃、母がある朝、私に前の晩みた夢の話をした。

夢の中で、母は小さな男の子と自分の家の庭にいたという。
自分の孫だと夢の中でわかっていたらしい。(もちろん当時母はまだ孫などいない)
3歳くらいの男の子で、目の色が緑がかっていて、混血の子だった。
その子と庭で遊んで、色々なものを見せている夢だったと言っていた。

その数年後に、私はイギリス留学を目指し出し、
5年後には両親のおかげで無事に大学へ進学した。
そしてその17年後の今、娘と息子とBeとまだここにいる。

アンが生まれた時、母はとても喜んでくれた。
逝ってしまう前、ほんの2、3回だったけれど、おばあちゃんとして楽しんでくれた。
そしていつだったか、私にこう言った。
「次また生むことがあったら、多分男の子よ。私見たもの」

去年身籠った時、すでに私にもわかっていた。「その子」だろうな、と。

時々、とてもかなしくなる。どうしようもなく淋しくなる。
母に会いたくなって、涙が止まらないことがある。
でも、ウーは ばばに会えたんだよねと思うと、元気になる。
母は今でもアンとウーをみていてくれると思うと、涙も乾く。

先日散歩していると、アンがいつものように道から石を拾ってポケットの中にいれた。
大きな石。
「ばばが空から下りてきたら、これあげるの」
そう言って、大事そうにしまった。
そのジャケットの中には今でもその重い石は入っている。
アンはいつ渡すのかな。


7日の母の誕生日には、母らしいチューリップの花を飾って、そっと空を見上げたい。
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# by annebm2 | 2009-09-04 05:25 | notebook

暖炉の中のお魚さん

子供の発想力、想像力は本当に可愛らしくて、面白くて、大人の私達の乾いた心を潤してくれる。

アンが友達と遊んでいた時のこと。

トマくんの家のリビングには、縦長で小さく、モダンなデザインの暖炉がある。
ガラスの扉がついていて、中にはフェイクの石炭がたくさん積んである。
2人が遊んでいたら、ふいにトマくんがその暖炉にかけよって、中を指差し、
「フィッシュ、中いる」 と言った。
一瞬、「え?」と訊き返してしまったが、すぐにわかった。
たしかにその暖炉は水槽みたい。
トマくんのママによると、「水族館で見たイメージからきているみたい」とのこと。
私はトマくんに、「そうかあ 魚が泳いでいるの? 本当だね〜」と覗いて言った。
アンにも見るようにすすめてみた。
アンはトマくんよりも8ヶ月お姉さんだから、「いるわけないよ」という思いが半分顔に書いてあったけれど、一応律儀にちゃんとトマくんの隣に来て一緒に暖炉の中を覗いていた。
私がアンに「いた?」と訊くと、アンは「うん」と答えた。
それがトマくんを思ってなのか、本当に見えたのか、私には分からない。

その後2人は一緒にみたDVDの中に出てきた、風車小屋をブロックで創った。

2人はその風車を「フー フー」と吹いていた。

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# by annebm2 | 2009-08-13 05:58 | notebook